多発性骨髄腫体験記(4) 転院から入院の前まで

投稿者: | 2026年2月13日

これは多発性骨髄腫を診断された自分の体験記です

このブログの内容は医療情報の提供の意図ではなく、体験記として「自分の場合はこうでした」ということを書くものです。病気そのものの説明は、このような個人ブログよりも医療情報として提供してくれている病院や製薬会社のサイトを見てください。
医療の面からは正しくない情報が含まれるかもしれません。同じことをすれば同じ結果になるというものでもありません。

この記事は、4回目です。全体の概要は1回目に書きました。2回目以降はそれぞれ、詳細に書きます。3回目に書いたように、残念なことに転院を決めることになり、別の病院に行ったあとの話です。転院から入院までの過程です。
多発性骨髄腫体験記 (1)
多発性骨髄腫体験記 (2) 発見~診断

自分の場合はどうだったのか、そして、治療についてわからないことばかりで不安かと思います。入院の時など、自分はこうした、というものなど、書いていきます。

1年くらい前の不安な気持ちだった自分と同じような人がいたら、参考になればと思います。
物語とか、読ませるための記事ではなくて、同じ病気の人がたどり着くかもしれないなと思って書くものなので、読みやすさや集客を目的にするものではなく、写真や絵を入れることはあまり考えていません。

転院後の初診

12月に1カ月入院しましたが、それは仕事のピークを外すためにその時期になりました。10月、11月が終われば重要事項は消化済み。その当時は週2日の仕事だけだったので、何とかなるかな…と。

1月20日 新しい病院の初診です。
8時過ぎに到着して、手続きをして、診察を受けるまでにかなり時間がかかり、その後に血液検査、尿検査をしたものの、結果が出るまでに3時間くらいかかったのではないかな…と思います。
先生は「まだ時間かかりそうだから、お昼とか食べてきていいですよ」なんて言ってくれて、食べにはいったけれど、先生、あなたのお昼は? と聞きたくなるくらい。

ここまでの状況を説明したあと、時間を取って丁寧な説明をしてもらいました。移植を希望するかと聞かれました。「前の病院で、コロナに感染したからもう治療はできないと言われたので、転院の理由としてそこではできない移植にチャレンジしたいと言いましたが、前の病院では『移植は苦労も大きく、その割に結果はたいしたことなくてリスクも大きい』と説明されていたので悩んでいます。だから、前の病院では移植はしなくていいと答えています。治療は気持ちの問題だ、もっと深刻になってからやればいいと言われ、余命も言われていたようにあと2~3年だったら、何もしないでそれを待つ気持ちにもなれず、治療は継続したいと思い移植を理由に転院させてもらいました。苦労が多くて結果が伴わないとかリスクが大きいのなら、そこまでやらなくてもいいかなとは思います。」と話したところ、力強い答えが返ってきました。

「移植にリスクがないとは言いませんが、わかっていることで対処できることがほとんどです。今日、時間がとれるなら、続けてその説明もします。副作用などで苦しい場面はあると思いますが、それを和らげる薬もあります。結果が伴わないなんてことはなく、十分な結果があるから、今では移植までが標準治療となっています。内臓に問題がないような人ならば、通常は65歳までですが、うちの病院は70歳までを対象にしています。」

「治療は気持ちの問題ではないですね。」

「あと2~3年かどうかを、今断言はできません。今はいい薬ができています。それもどんどん新しいものができてきます。移植もあります。再発は必ずするし、治る病気ではありません。でも、再発したら別の薬、新しい薬と対処していけば、天寿を全うできるとまでは言いませんが、天寿に近いところまで生きられる時代です。慢性疾患のようにずっと付き合っていけるものになりつつあります。」

今までと全然違う話に驚きつつも、それなら…「移植を希望させていただきます。」と答えました。確かに、かかりつけ医の先生も「今は『あと2~3年』なんていう時代じゃないですから」と言っていたなぁ…と思い出しました。

こんなサイトを発見して見に来る人がいるのかはわかりませんが、いるとしたら、多発性骨髄腫と診断されて、自分の病気について調べようとする人ですよね。
こんな風に、専門医の先生に言ってもらえました。「治します」ではないし、「治ります」でもないけれど、「必ず再発する」けれど、「そこで終わりでもない」と。だから、今の体の状態はステージ3と言っても骨病変も内臓障害も出ていない、まだ抗がん剤も移植治療も試していないような段階で余命の話なんてしても意味がない、という力強い言葉です。

でも、最後は凄惨なのですよね? ということには答えてくれませんでした。
もちろん、どういう最後かは人によって違うでしょう。前の病院では「日本には安楽死はないからね」という答えだけでしたが、この先生の場合は「まだまだ先だから、今気にすることではない」という答えだと受け取れました。

少し余談です。その時に話したものではなく、退院して数回目の外来の時に「何か難治性とか再発しやすいとかいう因子はありますか?」と聞いたことがあります。「予後不良因子は、ひとつ、見つかっています」と言ってそれを教えてくれました。競馬好きなら予後不良なんて聞くと、その場で安楽死をイメージしてしまいますが、「薬に対する反応がいいか悪いか、選んだ薬が効くかどうかが治療の結果につながるので、予後不良因子があるかないかはあまり関係ないです」と説明してくれました。初期の検査で分かったとしても、それだけが問題ではないという専門医もいるので、気にしすぎないようにしましょう。聞くまで教えてくれなかったのは、前の病院の骨髄検査の結果だから聞いてると考えていたのか、それが重大なことではないから伝えなくていいと思っていたのか、どちらかでしょう。

治療の大まかな計画は説明してくれました。


  • 抗がん剤を使って準備をする。週1回を3週やって1週お休み。

  • レナリドミドとステロイドを毎日飲む。

  • 3カ月でどれくらい変わるか確認する。十分な効果が出た時点で移植に進む。概ね、3カ月から6カ月後くらいになる。

  • 1週間の入院のあと、2カ月の入院となる予定。

  • 移植後の体調回復に時間がかかるなどで入院期間が延びる可能性もある。

  • 最初の抗がん剤の治療はおなかに皮下注射をする。

詳しくは追々書くつもりですが、3カ月後に状態は良好だからと移植へ進むことが決定しました。入院は1週+2カ月ではなくて、1カ月半(40日)で退院できました。

皮下注射はとても簡単でした。
感染症には十分注意と言われました。また、レナリドミドは取り扱いが厳重に管理される薬で、誓約書や署名も必要です。飲んだ分は薬のパッケージの殻を捨てないで持っていき、次の処方と「交換」になります。

がんの治療という時点で、男女ともに、子供を作ることは難しくなるでしょう。
入院後の移植直前の強い薬では精巣破壊もあると説明されます。
それ以外でも抗がん剤使用中は避妊が必要だと言われます。
さらに、このレナリドミドはサリドマイドの後継の薬だそうで、サリドマイドと言えばそれなりの年齢の人ならば「妊婦が飲んではいけない薬」として記憶していることと思います。だから、避妊も確実に…という説明もありますが、そもそも、行為に及ぶな、と。トイレですら跳ねないように座って済ませろと言われます。薬をやめてから4か月だったか、半年だったかを経過すれば薬の効果は抜けるような説明もあったものの、安心はできないでしょう。ましてや、精巣破壊があったらこちらの薬以外にも子供が望めなくなる可能性があります。
自分の場合は、嫁も子供もパートナーもいないですし、もう、そういったものを望む気もない年齢ですし、そのほかにも…1回目の記事で書いた「エロ本整理してきますね~」みたいなのは冗談で、別にエロ本見ていたわけでもないという程度の状況だからためらいはしなかったです。

でも、子供を持つことをあきらめたくないという人は、保存しておくという対応も可能だというので、医師に相談してみてください。

これは治療を始める前に決めることで、ほとんどの医師なら開始前に説明してくれることと思います。自分は前の病院では違う薬だったとはいえ、抗がん剤の影響の説明はほとんどしてもらえませんでした。この点は、もし、説明を受けていないなら、主治医に確認することをお勧めします。

入院前の治療

毎週月曜日の通院にしていたので、3週間、月曜の指定された時間に病院に行って皮下注射です。初診の翌週から始めました。その週は診察もありました。その後、副作用など気になるものもあったので、最初の1カ月は診察をする週がほとんどでした。
こちらとしては「気にすべきか、医師に伝えるべきかわからない」というものもあって、とにかく伝えるようにしていたから、先生も「細かいこと気にするなぁ」と思ったかもしれません。

でも、聞いてくれる、確認してくれるという医師の姿は、「この先生は安心ができる」と感じました。前の病院での経験があるからなおさら。

以下は、医療情報の提供や、医療関係者が見ていたらコメントをくださいという意図で出すものではありません。自分の推移はこうだった、というサンプルで血液検査の結果からピックアップしました。
気になる項目は先生にも聞きました。丁寧に答えてくれました。ひとつずつ説明してください、なんてことは言わないし、先生も最初にポイントは説明してくれるし。この表にはないですが、維持療法に入った先で骨髄抑制があり、白血球が減っています。そんな時に「これ、数値が下がっていて、入院中に重要だった好中球数で言うと1,500を切っている点が心配です。」とか、「フェリチンという値が非常に大きいですが、これは気にする必要がありますか?」という感じに聞いたりもしました。先生は都度、答えてくれています。

(通知は手元にあるスキャン済みの検査結果から拾ったものなので、今後、追記もします。)
初回通院から、「移植に進める段階になりました」と言われた4/14までの値と、移植が終わって退院したあと1カ月程度経過した絶好調なタイミングの値です。

日付 白血球 好中球率 BAND SEG 赤血球 ヘモグロビン 血小板 M蛋白 尿中Bence-Jones蛋白 IgG IgA IgM 血清遊離軽鎖 クレアチニン eGFR BUN 血清カルシウム LDH β2ミクログロブリン アルブミン ALP(骨代謝) CRP(炎症)
1月27日 4.22 1.0 66.0 318 9.6 17.8 209 6765 10
2月3日 3.98 61.00 311 9.4 18.4
3月3日 2.46 50.80 414 12.6 29.6 459 1537 19 0.84 73.9 16 9.3 197 3.00 133 0.26
3月24日 4.96 61.70 443 13.6 22.3 0.84 73.9 19 9.6 212 95 0.04
4月14日 8.33 2.0 70.0 453 13.4 28.5 447 85 26 1.25 47.9 18 9.5 4.20 112 0.1
8月18日 4.49 64.60 422 13.8 14.4 742 21 18 0.81 76.9 14 9.6 5.00 104 0.06

入院前の治療と副作用

薬には副作用があります、でも、それは迅速に医師に相談した方が良いです。
医療の情報ではなくて、体感としては「すぐに出る副作用」と「続けることで出る、蓄積かなと思うような副作用」とがあり、かつ、「軽いから容認できるもの」と「辛いとか、違和感が大きいもの」と。
最初の段階ではすぐに連絡をしたほうがよいとは思います。治療を始めたばかりだと不安の方が大きいですから、不安を抱えた様子見をするくらいなら連絡をしたほうがいいです。この感覚がわかってきた場合、すぐにか、次の外来でいいか、連絡をして次の外来でいいかを確認するかとなりますが、自分は辛さや違和感が容認できるなら、次回を待ち、がまんできるかどうかに限らずがまんと感じるあたりを基準に連絡はしています。医師の判断を仰ぐ感じです。

飲んですぐにでるものではステロイドによると思われる「顔が別人のようになる」状態がありました。苦しくはないけれど、目ははれぼったくなり、瞼はかぶさり、顔もひしゃげたようになります。当時のスマホは指紋認証でしたが、あれが顔認証だったらどうなったんだろうかと思ってしまうほどに。

治療を始めて3クール目(2カ月経過した頃)にかなり困った副作用が出てしまいました。それまでは「皮膚に赤い斑点ができる」状態で、痛みもかゆみもなく、斑点が大きくなったり米粒を少し大きくしたくらいのサイズで無数にできたりと、見た目はかなり悪い状態でした。最初は気持ち悪いくらいにたくさんの斑点でしたが、その後に範囲が広がって、ほぼ全身の皮膚が真っ赤になって部分によってはとても強いかゆみが襲ってくるというもの。
主治医の先生はレナリドミドと判断して、辛いかゆみがあることは理解してくれたうえで、今の状態がとても良いから早期に移植に進めそうなので使えるなら薬を使い続けたほうがいい、と言っていました。血液検査の結果などからかゆみ(好酸球の上昇)として出ているだけで、血液の値から別の要因に心配はなかったようです。
飲む量を半分にしてみて試すことになりました。かゆみ止めとして塗り薬のステロイドと、飲み薬の抗ヒスタミン剤が処方されました。せっかく良好な値なら、もう少しがんばってみようかと。しかし、それでは改善せず、さらに量を減らすけれど「辛ければやめてもいいから、その時は電話をして」と言われました。抗ヒスタミン剤も、効果は弱いけれど眠気がでない第二世代を選んでくれていましたが、「車の運転をするだろうと思って選んだけれど、飲んだ時は車の運転や危険な機械を操作しないなら、眠気が出るかもしれない効果も高い薬を出します」と第一世代を処方してくれました。
結局、我慢しながら薬は飲み切りました。あと1週だから…とか、そんな感じでなんとか我慢したもので、これはとてもつらかったです。

やはり3カ月を経過したころに、HbA1cの値が上限を少し超えてしまいました。「糖尿が出ているよ」と言われて、「え?」という感じでしたが…
主治医の先生は「ステロイドの影響」と言い、薬を飲む期間が終われば戻る可能性はある、と。かかりつけ医の先生に話したら「戻る可能性はあるけれど、残ってしまう場合もある」とのことで、他の医療関係の人に聞く限り「残ってしまいやすい」だそうで、ネットの情報でも3カ月を超えると残る可能性が高まり1年を過ぎるとほぼ残ってしまうというものを見て戦々恐々でした。医師や薬剤師の意見を聞くのはよいと思いますが、こういった場面でいろいろな情報に惑わされるのは避けたほうがいいです。
主治医の先生は「体を動かした方がいい」ということは言っていました。強い指導ではありませんが、走るなどしたほうがいい、と。でも、左股関節に人工関節を入れていることもあり、それが10年経過しているので走るよりは歩くとか、自転車とか…。食事制限をした方がいいのかを聞いたら、「辛いよ~、がんばってみる?」と言いつつ、身長や体重から概ねのカロリーを示して、これで納めるようにがんばってみてください、と。努力目標的な感じに、やったほうがいいから努力することは大切、と。
毎週通う通院は片道7km程度なので自転車にしました。そのほかも外出では車を使わないようにする、出かけることも増やす、と。感染症にかからないようにすることは気を付けなければならないから、外出すればいいという話でもないので、どういうプランがいいかは人によって変わるでしょう。
ステロイドでの糖尿は、薬をやめたあとには数値が下がってきて、今は正常値になっています。

これは十分に医師と話をしてほしいことで、推奨することも、「どうせ大丈夫だよ」と軽く言うつもりはないのですが、自分の受け取った印象を書いておきます。
「医療関係者が『いいよ』と言うことはないとわかっていますが、お酒は飲んだら危険とか、治療の効果がなくなるとかあるんでしょうか?」と聞いてみたところ、主治医の先生は「まぁ、いいとは言いませんけどね。わかっているとは思いますが、お酒は内臓への悪影響はあるから、治療にいいものではありません。」と言いつつも、ダメって言っても飲むでしょというニュアンスで「飲まないに越したことはないです」と。
もちろん、入院中はダメです。入院しても前日に飲めるだけ飲んで最後の晩餐なんてこともしません。行きつけのバーにお気に入りのとてもよいお酒を持ち込んでスマホで写真を撮り、「退院したら、この酒場でこの酒を飲もう (死亡フラグ) 」という書き込みに添付してSNSに流したりはしました。予定通り、友人からは「それ立てるな」とか返信されました。退院後はそのお酒で乾杯をしました。
前の病院の医師も、同じように聞いたときには「まぁ、ほどほどにね。」と言っていました。その医師はまったくお酒が飲めないから飲まないそうです。でも、「生きているうちはエンジョイしないとね」と言っていたのは思い出します。
これは勝手な解釈ですが、生きている時間を楽しむという、生活の質を考えてくれているのだろうなと思いました。

飲酒を勧めるわけでもないし、許可できるような立場でもないし、飲むにしても限度はあると思いますが、自分の残りの時間を楽しく過ごすということは大切だと思います。考えたうえで、コントロールして楽しみましょう。同じ病気の人でも、違う病気の人でも、元気で健康な人でも、バランスは考えてください。体の状態や使う薬によっては禁止すべきケースもあるはずなので医師に確認をすることは必要だと思います。

治療を進めてすぐに、IgAの値が急速に良い方向に進み、同時に赤血球の量も増えてきました。1クール目が終わった頃には、体感的にも貧血の息苦しさようなものはパタリと解消しています。
ステロイド糖尿があるから病院まで約7kmはシティサイクルで通うようにしたと書きましたが、これも、初回は50分以上かかっていたと思いますが、その後に体調がよくなるのを実感して以降、今を含めて40分くらいで着くようになりました。前の年の夏~秋の貧血を感じている頃だったら、キツかったでしょうね。抗がん剤治療で数値が急速に改善したのと併せて、「調子よくなってる」という体感があることは嬉しかったです。