多発性骨髄腫体験記(2) 発見~診断

投稿者: | 2026年1月26日

これは多発性骨髄腫を診断された自分の体験記です

このブログの内容は医療情報の提供の意図ではなく、体験記として「自分の場合はこうでした」ということを書くものです。病気そのものの説明は、このような個人ブログよりも医療情報として提供してくれている病院や製薬会社のサイトを見てください。
医療の面からは正しくない情報が含まれるかもしれません。同じことをすれば同じ結果になるというものでもありません。

この記事は、2回目です。全体の概要は1回目に書きました。2回目以降はそれぞれ、詳細に書きます。
多発性骨髄腫体験記 (1)

自分の場合はどうだったのか、そして、治療についてわからないことばかりで不安かと思います。入院の時など、自分はこうした、というものなど、書いていきます。

1年くらい前の不安な気持ちだった自分と同じような人がいたら、参考になればと思います。
物語とか、読ませるための記事ではなくて、同じ病気の人がたどり着くかもしれないなと思って書くものなので、読みやすさや集客を目的にするものではなく、写真や絵を入れることはあまり考えていません。

診断まで

多発性骨髄腫は骨折などから判明する例があるようですが、自分は違います。血液検査の結果で見つかっています。(話がダラダラ長くなります。)

  • 左股関節の変形性関節症で苦しみ、左股関節は人工関節置換をしています。
  • 腎盂腎炎になったことがあります。
  • 年明け頃から春先の間に、風邪症状が出たあとに咳だけが残って、ひどい場合は夏の手前まで咳に苦しむことがあります。
  • のちに、「過労で体質が変わってしまったのだろう」と、循環器内科が専門のかかりつけ医がコメントをくれましたが、当初はウツと診断され休職するほどの事態もありました。動悸や不整脈が激しく、それが出たときはかなりつらい状況になります。

これら4つの出来事は、のちの発見と治療に深く関わることになります。

ウツと診断されて休職しています。最初に通った心療内科では、強い薬を投与されても改善せず、医師に疑問を感じて転院を決意。そこですべて断薬(これは自分の場合の特殊なケースのため絶対に真似はしないで、信頼できる医師、薬剤師に相談をして減薬などの方法とってください)で、一時的によりつらい状態を経験しつつも、薬をやめたら体調自体は随分とよくなりました。精神面もよくなりました。少しの空白期間(予約がとれないため)を経過して通い出した心療内科も、信頼できると思うほどではなく、ある程度は体調が戻ってきたので仕事復帰もしています。
しかし、動悸、不整脈で、それが起こるととてもつらい状態は発生するので、再度休職することになってしまいました。ここで考え方を変えて、循環器内科を当たることにしたのです。

予約を取って診察をしてもらった循環器内科のクリニックの先生は、素晴らしく好印象でした。とてもよく話を聞いてくれて、説明もしっかりしてくれて。そこで原因はわからないけれど、動悸や不整脈(期外収縮)が起きている事実はあり、それを辛いと思う人もたくさんいるので、今の辛い状態は「考えすぎ」とか「気のせい」ではないです、と。
まずは、状況の確認と、生活の改善で、その辛さを変えていけないか、次に必要ならば薬を使う、それでもうまくいかなければ最終的には手術もできます。年齢的なもので落ち着いてしまう人もいます、と説明してくれました。
その後の診察、処方など、全てで、この先生は神ですか、もしかして、ここ、古志木島診療所ですか? そんな感じです。
薬は、心療内科での辛い経験もあったので、それを考慮して選んでもらえました。処方も「自分に合った使い方を見つけていく」ということで、試していい範囲を示してくれたうえで、薬を理解して自分の判断で使っていくほうが副作用も少なく、効果も出しやすい、と。結果、動悸や不整脈は軽減されたと同時に、どういうときに起こるかが理解でき、身構えられるから影響が出ないようにすることは可能になりました。

そういった絶大な信頼もあり、かかりつけ医の先生として定期的な通院をしています。
2024年6月に、風邪をひいた後に咳が止まらず、収まってきたと思ったらまた風邪症状になり、そのあと咳が止まらない中で発熱で水分が減っていたと思われるタイミングで右足の親指の激痛が発生。想像通り痛風の診断になりました。
そこで血液検査をしたことで、「血液の異常」が指摘されました。

突然、先生から電話があり、気になることがあるので近日中に来院してください、と。

赤血球の数が少ないから大きな病院での診察を勧められました。それもなぁ…ということで、クリニックでもう少し見て欲しい、経過を見て考えたいという話をしました。先生は「内臓に出血がないかを確定したいのでMRIの検査を」ということで、MRI撮影をしてくれる病院に(その日の夕方に)行き、撮影。翌週の診察で「異常がなかったので連絡しなかった」と言われるとおり、「MRIで見る映像には問題はないです」でした。かなりじっくりと見てくれたようです。

1カ月の体調不良があったので、そこで血を作る機能が落ちているのかもしれないという希望的観測もあって経過観察。少しだけ改善したので、サプリ等で赤血球が増えそうなものを試してみる等をしたものの、次の1カ月は減少。

赤血球だけで判断したわけではないと思いますが、先生が「これは深刻な状態だと思ったほうがいいので、大きな病院に紹介状を書きますから、行ってください」とのことで、そのクリニックの目の前、その先生も勤務していた病院、かつ、自分の家から歩いていける距離にある大きな病院で診てもらうことにしました。

結果的には失敗だった、その病院を選んだ理由

最初の病院を選んだ理由の一番は「家から近い、大きな病院であること」でした。

自分が生まれた病院はそこのようです。地域では有名な病院のひとつで、市立病院かここか、というくらい。地域の人も重要な場面では紹介状をもらって、または、救急で行くようです。

その病院は、人工股関節置換をしてくれた病院でもあります。歩くのも辛いほどの痛みと、足の長さが変わって普通に歩けない状態で数年、通っていました。その時の医師は手術にはネガティブで「もっと先の方がいい」と言い続けて手術をしてくれませんでした。
あまりに辛く、今回、手術を希望しても受けてくれないなら、手術をしてくれる病院を紹介してもらおうと決めて病院に向かったら、医師が異動していました。新しく来た先生は「本人が希望するなら手術をするよ」と言ってくれて、それなら…と時期の調整に入りました。この先生も信頼できる良い先生でした。手術もとてもうまかったのか、退院も早く、その後も順調です。入院時の看護師さんたちの対応もとてもよいもので助かりました。その点では感謝も、信頼も、安心もあったので「この病院なら何とかなるだろ」と思っていたのです。
でも、この病院にいい印象ばかりではありません。親族が入院した科によってはイマイチ…と思う場面はあったし、親族を担当した医師でも信頼できない言動をする人はいました。自分がかかった医師でも、腎盂腎炎の外来の時の医師はテキトーな対応をしてくださった結果、ぶり返してひどい目にあいました。周囲からは「それ、2週間入院か家で絶対安静という病気だよ」と、後になって言われたのですが、「仕事は行ければ行ってもいいよ」なんて感じで無理に働いてしまい、「今週薬飲んだら治療終わるので、そのまま診察なしで終了です」という感じに2週間の投薬だけ。その後、1カ月ほどたつと、怠いとか、辛い状態が頻発しだし、2カ月たって再度診察したら「すごい量の白血球が出てる。こんな状態でよく仕事行けたね?」って…

かかりつけ医の先生が列挙してくれた病院には、市立病院もありましたが、ここにはいい印象を持っていません。叔母を手術してくれた外科の先生はとてもよかったのですが、ほかの医師の対応、親族の救急と入院時の対応、病棟での看護師さんの対応で、いい印象がありません。
そうなると「知らない病院」に行くよりも、「近くて通いやすい病院」ということで、近所の大病院を選びました。

今振り返ると、この「近さだけで選んだ」判断が、自分にとっては大きな誤りでした。

診断される前に体感していたもの

そのころ、階段の上り下りで息が荒くなるなど、「貧血ってこんなもんだろうな~」ということは体感していました。体を動かすと息苦しくなることはあるけれど、ほかは特に思い当たるフシはなかったです。
関係するかはわかりませんが、爪が割れやすいという状態が起きていました。いつからだったかは覚えていないけれど、1年以上前かもしれません。それくらい前から。
爪が割れるのは、治療を再開してから終息して、最近の維持療法の影響の骨髄抑制が回復から白血球減少になりだした頃に復活しています。先々週から割れる箇所が増えて、少しだけ困っています。

この時点で診断される人は少ないだろう、ということはわかります。

ということは、診断された時点でステージIIIというのも、この病気では一般的なことなのかもしれません。「一歩手前」という表現をした人がいて、それが話題にはなるだろうからと書こうと思ってはいたんだけど面倒だからな~と先延ばしにしてきた、この体験記を書くことにしました。
話題になっていれば、出てくるのはいい情報だけではないし…

大病院での初診

血液検査のデータで、「これは多発性骨髄腫でほぼ確定だと思うよ。血液のガンだね」と言われました。当然、確定の検査はこれからするけれど…と。

IgAが7449という数字が、通常の400倍くらいになるもので、がん細胞がこれを大量に作っている、それが多発性骨髄腫だという点がポイントでした。

午後も時間は問題なかったので、当日での骨髄採取となりました。

これはかなり痛いです。短い時間なので覚悟してください。
多発性骨髄腫で検索して辿ってきた人なら、多分、この処置は終わっていますよね。
かかりつけ医の先生は「肋骨のどこか1カ所と、骨盤の1カ所から取ると思います」と言っていましたが、その病院では骨盤の1カ所でした。このあとに転院する先でも骨盤から採取するらしいです。そちらの病院では1泊でやるとのことでしたが、初診でかかった大病院は、即日でした。

うつぶせになって、押さえつけられて、麻酔をしてから採取だったかな。
見えていないのでわかりませんが、片手で持てる程度のものを突き刺して、骨を貫通した先の部分から(短くて異様にぶっとい注射器みたいなものなのかな?)抜くという感じ。
たしかに、激痛です。痛いです。
でも、人工関節置換をしたあとの、あの夜の痛みと比べたら…あまり大差ないくらいイテェ。でも、あの時は夕方から明け方まで痛くて痛くて。激しい寒気のあとに大汗かいて、病院着が汗でびしょびしょ。タオルでも貸してくださいと、夜中にやってきた看護師さんに頼んだら、なんと着替えさせてくれたな~。その後も、また寒気と大汗で、この時ばかりは、もう一度お願いしますとナースコールしました。あの時の看護師さんのおかげで乗り切れたよなぁ…なんて、また思い出したりもしました。

5分か15分か、覚えていないけれど、それくらいで終了。待ち時間のほうが長かったし、終わった後も1時間くらい「寝ていてください」でした。

当時の血液検査の結果をスキャンして掲載しますが、医療関係者の方が見ていたらコメントをくださいという意味ではないですし、同様に、自分の数値はこうだったというだけで、多発性骨髄腫という人が見て「自分の数値はもっと悪いから深刻なんだ」というような判断はしないでください。同じような値もあれば、違うものもあるでしょう。「それぞれあるんですよ」というだけで、自分の物しか見ていなくて不安に思うくらいなら「これ見たら気休めになります?」という程度の意味です。

この翌週の診断で「骨髄検査の結果でも多発性骨髄腫で確定だね」とだけ言われています。何がどう出たのか、遺伝子の転座とか調べたのか調べてないのか、そこで何があったのか等は説明してくれませんでしたし、その当時はこちらもそこまでの知識はありませんでした。とはいえ、これらを「知ったからと言って意味があるもの」ではないので、知らなくてもよいとは思います。(これは転院先の今の病院の先生のコメントとして、この先で書くことにします。)

もちろん、すぐ聞くのは、「余命はどれくらいですか?」です。
医師は「2~3年くらい…」と答えました。
血液検査の結果を見て、ネットを調べていたので「ステージIIIですよね」と聞きました。
「そうだね。でも、ステージがいくつかというのはあまり関係ないから。」
「かなり進んだ状態、ということですか?」
「これはけっこう前から多発性骨髄腫になっていたと思うよ。」

そんな会話をしました。

「多発性骨髄腫の末期はそうとう悲惨で凄惨だとありましたが、どうなるんですか?」との問いには、言葉に詰まる感じで「日本には安楽死がないからね」とだけ。

自分の最初の医師はこんな感じでした。ここを見た人は、ここだけで見るのをやめないで、この先も(今回の記事だけでなくて、この先に書くものも)読んでほしいです。こんなネガティブなことばかりではありません。
多分、病気の人が自分で調べて最初にたどり着くのは、『5年後生存率40%』というものだと思います。あと何年? 2~3年くらいかな、そう思うことでしょう。自分も、そんな風に思っていました。

嫁も子供もいなくて、事情があって長く続けた仕事もやめて、でも、生活は続けていける程度の収入と新しい仕事もしていて、長く生きたい理由もないし「悲惨で凄惨な最期でなければ」あと2~3年なんて歓迎だよと思うくらいでした。長い期間、もういつ死んでいい、長生きなんてしたくないと思っていただけに、ちょうどいいじゃんか、です。
この気持ちは、のちに大きく変わることになりました。それもいずれ、書きます。

こういう気持ちで、こういうやりとりがあったよというだけで、今、「家族のために生きたい」とか「子供の成長する姿を見たい」と思って、生きるための道を探している人がいるとしたら、医療的診察をしたわけでもないのに無責任な言い方ですが「5年とか10年、大丈夫だと思います、もっと生きられるかも」と言いたいです。

神のかかりつけ医の先生に話した時も「今は、あと2~3年なんて言われる病気じゃないですよ。5年とか10年とか、それ以上とか生きられる病気です。なんで2~3年なのか聞いた方がいいですが、今のその状態でそこまで深刻とは思えません」と言っていました。
そして、この病院の医者でさえ「40%と言っても、それは体の40%が生きてるって意味じゃないからね。40%の人は生きているけれど、それ以外は…。」なんて言う割には「でも、今の治療だったら、70%とか行くんじゃないか」なんてことも言っていました。

この病気に苦しんだたくさんの、すでに亡くなった人の場合は、そういう数値を出していたのでしょう。そしてそういった人たちの礎があり、この病気に取り組んでくれているたくさんの医療に携わる人たちのおかげで、新しい治療法や薬ができていて「劇的に改善している」とさえ言われます。そしてそれはさらに進歩しているから、「再発する頃には新しくよりよい薬ができているんじゃないか」と言われるほどに。

最初の治療方針

どうするかと言われて、もちろん、治療はしたいですという話はしたのですが、最初に出たのは移植の話でした。

「移植をするならこの病院ではできないから、転院するか、移植の時だけほかの病院に行くかだけれど」と話す医師は、続けて「移植は苦労の割に効果が少なくて、リスクも高いからね」というものでした。その具体的な内容までは言わなかったけれど、これを聞くと「移植まではしないでいいです」と。

これは、ここで書いておきますが、誤りです。それは患者として断言してもよいと思います。
医療情報の提供でもないし、自分は医師でも研究者でもないので、ひとりの患者としての体験と、見聞きしてきたものでの断言ですが、可能であれば移植という道を選択することを勧めたいと思うほどです。
苦労が多いのは事実です。入院して時間を取られます。一度は白血球(好中球)が0に近くなるのでその間は無菌室または準無菌室です。副作用もあるし、回復までには時間もかかります。でも、効果は十分に確認されているから移植は続けられています。自分の場合、移植前の3カ月の抗がん剤治療でIgAの値は88まで下がっています。赤血球も増えています。骨病変や内臓への影響も(副作用と思われるもの以外は)なかったので、まるで治ってしまったかのようでした。転院後の病院の先生は「それでも移植までしておいたほうが確実ですよ」ということで移植を受けました。
リスクがない治療なんて存在しないでしょう。ここまでにもたくさんの患者を救い、結果的には研究のデーターとなってくれた人たちが残したものを、医療関係者の方々が洗練して行っている治療法です。実際に移植をしてくれた先生は「リスクがないとは言えないけれど、高いということはないです」と言い、移植の前には長い時間をかけて説明と同意というプロセスを踏んでくれる中でも、説明で「これはあるから書いてあるけれど、実際にここまでのことが起こる人は少ないです」とか「これも起きたから書いてあるだけで、実際には1%程度とされています」など、丁寧に教えてくれました。どれも危険と感じるほどの物はなかったです。

移植を受けられる人は限られます。年齢的なもの、体力的なもの、内臓の状態などによります。受けたくても受けられない人がいるけれど、受けられても受けたくない人もいるでしょう。だから、移植しましょうと促すことはしません。
でも、移植がどういうものかの説明は、しっかり受けて、それで判断して欲しいと思います。その点では、移植が可能な病院で診察してもらうことが良いけれど、最初の病院が移植をしないところの場合は、十分な説明が受けられない可能性があると思っています。
セカンドオピニオンという方法もあるようですが、それはよく調べてからにしてください。自分の誤解があるかもしれないので書いてよいかは迷いますが、「セカンドオピニオンを受けた場合、受けた病院に転院はできない」というような記述を見た記憶があります。
それとは反対に、「転院をしても元の病院に戻ることもできるそうで、移植は遠くの病院だけれど、そのあとは通える近くの病院に戻ってくるということもできる」とかかりつけ医の先生が言っていました。(同時に2つの病院に通う意味ではありません。)

他にも治療法はあるようです。最近、それがニュースになっていました。
病院によって抗がん剤も使うものが違うなどあります。そこにまで踏み込んで自分で決めたいと思うのであれば、聞いてみるのもよいとは思います。
自分は、「分子標的治療」という、がん細胞の特徴的な部分を見つけ出してそれを攻撃する抗がん剤を使った治療かどうかは聞きました。それが保険適用されるのかも。今は分子標的治療が標準治療であり、保険も適用されます。分子標的薬を使わない治療をしているところはなんじゃないかと思うほどですが、当時の自分はそういう治療があってとても有効だとされていることしか知りませんでしたから、聞きました。

自分は相性の問題だったとは思いますが、ひとつ目に通った大病院の医師(ふたり)とは、相性が良くなかったのかと思います。
説明して欲しいことをほとんど説明してくれず、決めたことを詳細には伝えてくれず。それでも意思を信頼して治療を続けられるなら、効果は出たかもしれません。説明を聞いたからと言って変わるものは少ないです。でも、自分の体のこと、これからのこと、何をするのかということ、それらを知りたいとは思います。自分で決めたい場面もあります。
医者は患者がネットであれこれ調べるのを嫌がると聞きますが、調べるのは大切なことだと思います。しかし、ネットに書いてあったから同じことをしてくれと言っても、「それは患者ひとりひとりによって体質とか薬の効果が違うのだから、同じにやれるか、同じ結果になるかはわからない」と言われるのだと思います。

後悔しないためには、調べることは調べたほうがいいです。
聞きたいことも聞きましょう。
そして、自分が選択した方がよいと思います。

自分は、移植についてネガティブに聞いたから、その時点で一度は移植をしない方針にしてしまいました。それは寿命に大きくかかわる判断ミスだった、それをリカバリーできてよかったと思っているので、その内容を詳しく書きました。

近い病院のほうが通いやすいという消極的な判断。
医師の言葉をうのみにしてしまった結果で見過ごしかけた治療法。

その可能性があるかも…と思う人や、医師や病院を疑うことから始めなくてよいので、知識を持つことから始めてください。それでいいか、自分が納得できることが大切と思います。

次回は、最初の入院から転院に至るまでの話を書こうと思います。