多発性骨髄腫 体験記(7) 移植から退院まで

投稿者: | 2026年3月15日

これは多発性骨髄腫を診断された自分の体験記です

このブログの内容は医療情報の提供の意図ではなく、体験記として「自分の場合はこうでした」ということを書くものです。病気そのものの説明は、このような個人ブログよりも医療情報として提供してくれている病院や製薬会社のサイトを見てください。
医療の面からは正しくない情報が含まれるかもしれません。同じことをすれば同じ結果になるというものでもありません。

この記事は、7回目です。全体の概要は1回目に書きました。2回目以降はそれぞれ、詳細に書きます。今回は入院後、自己幹細胞移植を行う直前の大量化学療法から移植、移植後の副作用について書きます。
多発性骨髄腫 体験記(1)
多発性骨髄腫 体験記(2) 発見~診断
多発性骨髄腫 体験記(3) 最初の病院での入院から転院へ
多発性骨髄腫 体験記(4) 転院から入院の前まで
多発性骨髄腫 体験記(5) 自己幹細胞移植 入院について
多発性骨髄腫 体験記(6) 入院時の説明と移植直前まで

自分の場合はどうだったのか、そして、治療についてわからないことばかりで不安かと思います。入院の時に自分はこうした、というものなど書いていきます。

1年くらい前の不安な気持ちだった自分と同じような人がいたら、参考になればと思います。
物語とか、読ませるための記事ではなくて、同じ病気の人がたどり着くかもしれないなと思って書くものなので、読みやすさや集客を目的にするものではなく、写真や絵を入れることはあまり考えていません。

副作用について

移植の治療を承諾する際には、内容や副作用を聞いて承諾のサインをしています。承諾というより、こちらから頼んでやってもらう、というものですがどんな治療でも副作用やリスクがゼロではないので、それを承諾します。
治療中は子供を作ることができない薬を使うことや、治療に使う薬による精巣破壊などで子供を作ることができない体になることの説明もあるはずです。自分の場合は、嫁も子供もいないことと、今から恋愛や結婚、子供を作るということを希望していないことを先に伝えています。もし、これから子供を持ちたいという気持ちがある人は、可能性を残しておく手段はあるようなので、治療自体を始める前に医師と相談してください。

それ以外のことは一時的であり、多少の時間がかかっても回復するものがほとんどのようです。リスクについては、説明を受けるはずなのでしっかりと聞いて進むかやめるかの判断をして欲しいです。選ぶのは治療を受ける人です。こちらも体験したことを書くことはできますが、どういうリスクがあり、それくらいの危険があるのかは医師でないために説明できません。無責任だと言われるかもしれませんが、責任の取りようもないので自己判断として受け止めてください。


  • この病気の抗がん剤では骨髄抑制は頻繁に起こるようです。大雑把に言えば、白血球や赤血球が減ります。つまり、感染症にかかりやすいとか、貧血をはじめとした体調不良は考えられます。

  • 大量化学療法の際には、直後から吐き気や味覚障害が起こるものと言われました。吐き気はかなりキツイ、数週間続く可能性があるようで、これには吐き気止めの薬で対処するとのことでした。味覚障害は時間が解決するようです。数週間から半年くらいと言われました。

  • 口の中が荒れて、血が出て、口内炎が出て、食べるのも辛いような状態になるという説明もありました。これは薬でうがいをすることである程度は抑えられるけれど、口内炎は結構つらいそうです。

  • 下痢も起こると説明されました。

  • 髪の毛が抜ける、体毛が抜けるということがあるようです。これは大量化学療法のあと2週間程度経過したあたりから抜け出し、治療が終わって1~2カ月したら生えてくるのであとは伸びるのを待つ、とのことでした。

  • 腎臓、肝臓に影響が出ることもある、骨がもろくなったり骨折しやすくなる可能性もある、手足や腰など痛みやしびれが出る可能性がある、皮膚に影響がでる可能性があるなども説明を受けました

入院時に来てヒアリングや説明をしてくれた病院の薬剤師さんも副作用やリスクなどを説明してくれました。「やっぱり、副作用はけっこうきついんですよね?」と聞いたところ「人それぞれですが、どなたも辛い時期はあるようでよ。」とのことなので「副作用がないような人はいましたか?」と聞いたら、「今まで、一人だけいましたね。全然大丈夫だよと言ってケロッとしてた人。その人、とても鍛えていたのか、ラオウみたいに屈強な感じでしたけど…」と。俺、ジャギとかアミバ様にも届かない、種もみ奪われる老人みたいなモブキャラですよ~、ラオウと戦うどころか親衛隊にもひとひねりという雑魚キャラです。これはキツいかなぁ、と思っていました。

副作用は気になる人が多いと思うので、自分のケースを先に書いておきます。

骨髄抑制
移植の直前に大量化学療法で強い薬を使うので、そのあとは白血球、赤血球、血小板も極めて少なくなります。それは当然で、病室は準無菌室になります。その後は白血球が増えるには少し時間がかかりましたが、それでも「通常の良好な部類の人のスピード」で退院できました。退院後の維持療法で骨髄抑制はあります。
吐き気
吐きそうになるくらいの場面はありましたが、一度も吐かずに済みました。薬は頻繁にもらいました。吐き気があるので一時的には食欲の低下もあります。その病院では、医師から指示が出ている範囲では看護師さんが薬の調整もできるらしく、上限を超えなければ追加をもらうこともできたし、薬の種類も選べました。
味覚障害
これがけっこう辛かったです。食べられないもの、食べたくないものが強烈になり、それでも何か食べなければ…というのでなかなか困りました。食べることは重要なので、これは後程詳しく書きます。
口内炎など
口の中は、本当に何もない程度に良好でした。これは頻繁なうがいの成果だったと思っています。
下痢
お腹痛い、お腹を下すということはあったけれど、トイレにこもりっきりになることはなく、大量化学療法のあと2日くらいだったか、日に5~6回トイレに行って苦しむ程度はありました。
髪の脱毛
これは顕著です。2週間を経過したあたりで、ごっそり抜けます。もともと年齢の割に髪は多いと言われていたし、若いころは髪も太いしフサフサでした。抜けるものが大量にあったから、どんどん抜けていきます。退院時はごくわずかに髪が残っただけでスキンヘッドに残る毛が少々…という程度でした。退院後、産毛みたいなものが生えてくる頃には残っていた長い毛も抜けてしまい、その後は髪が伸びるのですが、以前と違いくせっ毛になってしまったようです。量は同じくらい。当初は白髪も黒くなった気がしましたが、今は同じ程度に白髪があります。
体毛
髭はなくなって「剃らなくて良いからよかった~」くらいに思っていましたが、退院して少ししたら元通り。眉毛、まつ毛は抜けていません。鼻毛はどうだったかなぁ、抜けた印象はないものの、一時的には伸びなくなったような…。脇やインモーは細くなった程度、ギャランドゥも薄くなったと思います。他の体毛も細く、薄くなりました。でも、これは半年もすれば元通りです。

自分の印象としては「聞いていたほどではないから、かなり楽な方だったのかな」と感じます。

大量化学療法と移植

5/23 金曜日(入院初日)
入院、説明
5/24 土曜日(入院2日目)
造血幹細胞を血液中に動員する注射(G-CSF)1回目
5/25 日曜日(入院3日目)
造血幹細胞を血液中に動員する注射(G-CSF) 2回目
5/27 火曜日(入院5日目)
造血幹細胞採取(1日目)
5/28 水曜日(入院6日目)
造血幹細胞採取(2日目の可能性)
5/29 木曜日(入院7日目)
カテーテル挿入(カテーテルを入れる説明は冊子にありましたが、医師の説明はありませんでした。)
6/2 月曜日(入院11日目)
アルケラン(抗がん剤)投与 大量化学療法
6/3 火曜日(入院12日目)
アルケラン投与 2日目
6/4 水曜日(入院13日目)
自家造血幹細胞移植

入院11日目からの一大イベントになる大量化学療法と移植です。

大量化学療法と言っても、たしか、点滴だったような気がしますが、注射だったかもしれません。この時期、点滴やら注射やらは日に1回くらいやっていたのと、それ自体がさほど辛いものではなかったのでよく覚えてない…というか…
大量化学療法は点滴を1時間くらいで実施したんだったか、何か注射を1本打ったんだったかのどちらかだと思います。移植は点滴。1時間くらいかけてカテーテルの入り口にセットして、以前とったものを戻す…というだけ。

簡単に言ってしまいますが、こういった治療ができるようになるまでは、たくさんの研究と努力と、そしてそれに間に合わず亡くなった人たちや初期の段階でまだ確立しない時代にデータを残してくれた人たちがいるはずです。気軽なものではないですし、先生たちも気軽にやっていたわけではありませんが、言葉からイメージするような壮大な作業や激しい苦痛を伴うような作業ではありません。

自分の場合は、放射線はやっていません。大量化学療法の薬が強くて副作用もあることは事実ですが、昔のドラマなどで見たんだったか、聞いた話なのか、『ブラックジャックによろしく』を無料で読んだ中の話だったか、抗がん剤を使うとがん細胞だけでなく全身のほかの細胞も破壊してしまう、ボロボロにやせ細って黒くなって、別人のようになってしまう…というイメージがありましたが『そ ん な こ と は お こ り ま せ ん』ので、そこは安心してください。確かに、食欲は低下して吐き気もあるので、やせ細ってしまうかもしれないし、体調によっては抗がん剤のダメージが大きい人もいるかもしれないため、これは自分の体験の域で書いていますが、怖いだけのイメージは捨てていいです。予想通りのことが起こるのは、髪の毛が抜けることくらいです。
移植というのも、背中を丸めて脊椎の間に注射して…というのをイメージしていました。激痛があるんじゃないか、神経を切断しちゃうリスクがあるんじゃないか…など。少なくとも、多発性骨髄腫で多くの場合が適用となる、『自己造血幹細胞移植』については、自分の造血幹細胞を血液中に大量に放出させて、それを透析で取り出して保存、準備ができたところに『カテーテルに接続して点滴で戻す』だけです。血液中に戻すと、それが骨の中の骨髄に入っていくそうです。不思議ですね…

この時、「素朴な疑問で、心配があるとかではないんですが、お聞きしてもいいですか?」と、I先生と病棟の他の先生が立ち会ってくれた大量化学療法の点滴の時に聞いたことがあります。
「今、強い薬を入れて、体の中のガン細胞もろとも残った幹細胞も死滅させて、そこにこの前取った幹細胞を戻すんですよね? この強い薬が残ってたら、戻す幹細胞が残っている薬に殺されちゃったりしませんか?」
先生方は、少々困った顔をしつつ「それを聞かれたのは初めてですね~」と言いながら「薬の効果がなくなるまでの時間が何時間か今記憶はしていませんが、調べてきます」というので、「そこまでは…」と。でも、十分に実績があり、そういった問題が起きない時間ということで確立した手法だから気にしなくても大丈夫ですよ、と。
このあと、白血球がなかなか増えてこなかったというのか、けっこうガンガン戻ってくれるかと思ったのに足踏みしていたことがあり、「もしかして、戻した幹細胞もやられちゃったのか?」とか、副作用での苦しさが聞いていたよりも軽かったので「もしかして大量化学療法の薬が少ないとか、それまでにIgAの値もすごく下がっていたから手加減されたのか?」なんて考えたりもしましたが、先生は「そんなことはないですよ」と言いながら、「年齢的には平均よりも若いので回復のペースは速いほうです」とか「頻繁なうがいや病棟内を歩いて体力維持を心がけたりしたことで違いはあるのでしょう」ということを言ってくれました。

移植の時に開始から15分くらいは病室で変化がないかを観察するということで先生方が立ち会ってくれたのですが、I先生が壁にもたれつつも立ったままなので「先生に立たせたままは申し訳ないので、椅子もあるから座ってください」と話したら、「これは万が一の時に、立っていたほうが一歩目の初動が早いから立っていることが多いです」と。何か起こることはないそうですが、それが医師としての心構えなのでしょうね。「でも、医師の仕事もこんな風にやっていられるのは若いうちだけですね、年取ったら夜勤とかキツいですよ」と笑っていました。

このI先生は他にも面白いエピソードを教えてくれました。ゲーミングPCを持ち込んでいる話から「今の若い医者は内視鏡手術などを覚えるのが早いとか、すぐに得意になってこなす人がいるんです。ゲームに慣れているとコントローラーの操作などの応用でうまく扱えるようになるみたいですね」と話してくれました。I先生も十分若い、多分、30歳前後だと思うのに。

自己造血幹細胞移植という言葉から受けるイメージよりも、患者の負担は全然少ないです。手術と言われても、カテーテルを使って注射したり点滴をしたりするので「すでに針も刺さっている」から苦痛もほとんどありません。

苦しんだ副作用

吐いた回数は0回、つまり、吐くまでには至りませんでした。お腹を下す場面はありましたが、辛かったのは1日か2日くらいかもしれませんが、それもトイレにこもりっきりになるでもなく…
口内炎や口の中が荒れることもありませんでした。これはかなり副作用が楽だったのではないかと思います。

しかし、吐き気はけっこうありました。実際に吐いてしまうというより、気持ち悪くて食べられないので薬をもらう感じです。
味覚障害がなかなか困りました。もともと「酢」の味付けは好きとは言えないほうですが、酢の物となると食べられなくはないけれど好きではない、というくらい。寿司は喜んで食べますからダメではないです。しかし、これが、匂いからして完全にダメになってしまい、さらに病院食だと薄味のものと、酢で味付けたものばかりなので、それらはほとんど食べられませんでした。野菜も、生というよりは湯煎したものなど火を通したものがかなりの頻度で出てきます。薄味のドレッシングもダメ、マヨネーズもダメ、何か味が付いていているものでも薄すぎて味をほとんどかんじませんでした。野菜が、まるでゴワゴワした堅い綿でも食べているみたいで、噛んでいておいしくないし、飲み込むのも苦労するほどでした。野菜炒めなど「食べたい」とは思うけれど、出てくるものは薄味すぎて…。ご飯も柔らかすぎ。みそ汁は飲むけど、もっと濃い味にしてくれよ~という感じ。稀に麺類も出るもののやわらか過ぎて麺がくっついてしまい粉を固めたものを微妙な味のつゆなどにつけて食べる感じで、おいしくないどころか食べきれません。

持ち込み可(といっても移植直後は白血球がかなり少なく、準無菌室扱いのところなのでコンビニに自分で行くことはできません)で、禁止しているもの以外なら何でもいいから食べられるものを食べてください、という指示だったので、いろいろと考えました。
禁止されるのは、菌がいる可能性のあるもの、生のものや生の乳製品とか皮をむかないで食べる果物とか。
そこで焼き菓子のフルーツケーキやチョコレートケーキなど、ゼリーとかプリンを食べていました。パンは案外おいしく食べられました。濃い味のものが食べたかったですね。ラーメンとか、蕎麦とか。

その後、ある程度白血球が戻ったら、「早朝や夜の客が少ない時間なら」という条件でコンビニへ行く許可も出ました。コンビニで購入したものを食べてもいい、と。焼肉が食べたかったのですが、おかずとしての焼肉は売っていないし、さすがに焼肉弁当買ってきて病院食には手を付けずに弁当だけ食べるのもなんだし…。(病棟には自由に使える電子レンジがありました。) 具の入ったパンはよく食べました。コンビニがファミマなので名前は違うけれどセブンのブリトーみたいなものは好んで食べていました。トマトとチーズとか辛いソースとかソーセージ入っているやつとか。揚げ出し豆腐とかも…。冷凍庫がないけれど、アイスモナカも食べました。あれは見舞いの人に買ってきてもらったような気がします。ミックスナッツも「焼いたものなら可」なので、それも。普通は口の中が口内炎や血だらけだから無理なのかもしれませんが、ポテチも食べました。堅あげポテトは黒コショウ味がなくて残念。
スンドゥブスープも何回か買って食べています。辛いから食が進むし、病院食で出たおかずを入れたり、おかずにスープをかければ食べられるものも増えると気づきました。初回はそれでよかったのですが、2回めに食べた後は胃が痛くなってしまい…回診の時にI先生ともうひとりの先生が来てくれて「体調どうですか~」と明るく話しかけてくれる先生に「いやちょっと、胃痛がありまして…」と。「どうしたんですか? どんな感じですか?」「いや、心当たりがあるんですが…」「なんですか?」「スンドゥブスープをコンビニで買ってきて食が進むからと食べてスープ全部飲んじゃったから、それかと…」と。I先生と、もうひとりの先生は笑いながら「いやぁ、食べられるのは一番いいんですけどね、刺激物はまだちょっと早いですね。でも、よく食べられましたね~」と。
もちろん、医師に相談して許可があればですが、調味料は持ち込んだほうがいいのではないかと思います。甘いものなら食べられる時期と、濃い味のものを食べたい時期とあるので、病院食をがんばってたべたほうがいいのはわかるけれど「食べること優先」で努力しましょう。それでいいかは、先生に聞いてくださいね。これは自分の例なので。

髪の毛は抜けます。体毛も抜けてはいるのでしょうけれど、あまりに気になりません。すでに書いた通り、ヒゲはつるつるになりました。眉毛、まつ毛は抜けませんでした。わき毛とインモ~もそのままですが、細くなったかもしれません。ギャランドゥは薄くなりました。他の胸毛とか足の毛(ルパン三世)とかは薄くなった気がします。
髪は2週間経過頃までは変化もなく、突然、ずるっと抜ける、ベッドに落ちだす、シャンプーしたらごっそり抜ける、シャワーのあとに回収が大変…という状態。病棟でコロコロを貸してくれるのですが、あれでは粘着力が弱いし、すぐに使い切ってしまいます。養生テープを買いましょう。
髪はどんどん減っていきます。どこで止まるかクイズをしましたが、少しだけ長いものが残ったもののほぼスキンヘッドでした。全部きれいに剃ってしまう人もいるそうです。(ただし、ケガすると血が止まらないとか感染しやすい状態などあるので医師、看護師と相談してください。)帽子をあらかじめ用意する人もいるとのことで、入院時も看護師さんたちから言われましたが「いえ、俺はありのままの自分で生きていきます」とか言っちゃって、何も用意せず、入院時も退院時も、そのままです。

実は、肌の色が少し変わったというか、黒いシミみたいなものができました。特に指です。爪も紫色になります。「オイル交換でもした後みたいだな~」なんて感じ。爪にへこみができたりもしました。肌のシミは消えます。爪の変色も、徐々に伸びて行ってなくなります。爪の変形は軽いけれど今も残っています。

発熱と骨の痛みと

発熱は数回あったと思います。移植直後などで想定の範囲です。カロナールが出たときもあったような。それほど苦しくはなかったですが、感染症だと困るので抗生剤を点滴したようにも記憶しています。

その後、退院が決まりかけては延期があった中で、今度こそは…という3回目の「次の血液検査で好中球が増えていたら退院決定」という場面で、夜に発熱してしまいました。
土曜の夜です。「主治医の先生が今日、夜勤なので連絡してみますね」というので連絡を取ってくれて、特に大事ではないので薬が出て…と、あれ? 先生、今朝も回診に来てたんじゃ? 普通に今週も一週間勤務していたような…、それに土曜の夜勤で日曜朝までで、月曜朝一から外来でしょ? 先生、いつ休んでるんですか? そっちのほうが気になってしまいました。
医療機関の人たちは自分たちの命と生活を削って、人の命を助けているんだなぁということを痛感します。「今は救急が落ち着いているから」と20時頃に病室に来てくれて、とても心強かったです。

このあと、妙に骨が痛いという日があり、それは激痛ではなくて、なんか少し気になるなという程度でした。「これ、骨の中で白血球を作るサインだったりしませんか?」と聞いたら、先生方は「違うと思う…」とのことでしたが、看護師さんの中には「増える時に骨が痛いと言ってた人もいたような気がしますよ」と。
そして、そのあと、好中球が増えてきました。偶然かもしれませんが、なんか骨が痛いなぁ…と感じる時と、突然発熱したのと、白血球が増えていくトリガーだったかもしれません。

(血液検査の値は後日載せます。)

主治医の先生が比較的慎重に「確実に好中球が増加したという数字を見て退院を決めましょう」と言って数回延期になりました。しっかり診てくれるのはありがたいです。

退院

その後、白血球(好中球)が増えたことを確認して、退院となりました。

7/4に退院可になり、翌日土曜日の7/5に退院です。5/23に入院していますから、44日で退院です。入院期間は「2か月くらい、長引くこともある」と言われていたことを考えると、予定より少し早いくらい。「順調な人の日数」がこれくらいと先生も言っていたので、良好な結果だと思います。

退院時に受け取った冊子には感染症に注意する項目が多くあり、まず慎重に体力回復を考える内容だったので心配していました。しかし、とにかく体調が良くて、9時半に病院を出て10時半に帰宅して、家の色々をやって、車を運転してラーメン屋に出かけて辛ネギトッピングの味噌ラーメンに餃子を食べました。店は混んでいる時間を避けて午後の15時頃。そのあと、叔母の見舞いに行き、帰宅。

自分はかなり順調な部類だと思います。もちろん、感染症に気を付け、生ものなど禁止されている食べ物は避けましたが、買い物に出かけたり、叔母の見舞いに片道3.5kmをチャリで出かけたり。夏場なので大汗かきますが、「体調いいじゃん…」というくらいに順調です。
先生、看護師さん、応援してくれたみんな、本当にありがとう。

その後も体を動かす方がいいだろうと思い、チャリで出かけてばかりだったので、日焼けしました。会った人は「やはり強い薬を使うと肌が黒くなってしまうんですね…」なんて言うから「いえ、調子こいて、チャリで出かけまくっているので日焼けです」と。
8月の診察の時には先生からも「日焼けしてますね。あまり焼けないように気を付けたほうがいいですよ」と。

調子はとてもよく、退院後1カ月の外来では「かなり調子がいいみたいで、もう食事制限は要らない」と。旅行なども「感染症に気を付ければいいです」と。入院前よりも良い体調になりました。

誰もがこんな順調に進むとは限らない現実はあると思います。もらった冊子にも食事制限がなくなるには3カ月~半年だとか、旅行は2年くらいして医師が許可する軽いものなら…とかあったのでどうなるかと思っていたら、全部1カ月でクリアしてしまいました。
もし、これを読んでいる人がこれから入院だとしたら、焦らずに、でも、これくらいで済む人もいるし、回復が早い人もいるので、信頼できる先生の言葉を信じて、できることをがんばってください。